80年代のLRHが正気を失っていたというオールドタイマーさんの主張は、恐らく正しいと思います。特に、晩年のアドバイス(技術的な文章というより哲学的散文)に分類される作品群の一つである“Pain and Sex(痛みとセックス)”は、完全な逸脱です。1972年以降のLRHには、(少数の講演を除いて)新たな独自の技術的発展の生産物は存在しません。残りの時間は、さして重要ではない、アドミンや哲学的な作品群を生産していただけであり、“Pain and Sex”もその中の一つでした。教会及びRTCは、何の文脈も無く技術的な論拠も提示されていない、この晩年のLRHのアドバイスをHCOBに収録しました。それどころか、後に教会(RTC)は、この“Pain and Sex”を根拠に、全ての文献(経典)における第二のダイナミックの定義を改訂しました。これにより、Sexは逸脱(※そもそも肉体を欲する事自体が逸脱でしょう)であるだけでなく、ケースの向上にとっても有害なのだという反出生主義≒反生存的≒反ダイナミックな解釈を認めることになってしまいました。つまり、以前の第二のダイナミックが反ダイナミックと見做されてしまったのです。これは、教会内で、シーオーグメンバーに対する妊娠中絶の正当化の論拠としても利用されることになりました。