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    7d5c9b02 :K
    2016-09-02 09:02
  
 
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    >>2eae5ee7
    
    とても興味深い内容ですね。
    
    確かに、確信や信念は病を癒しますが、信仰や崇拝はリッジを余計固くするだけで、何も癒されることはないですから、その通りです。
    
    癒しとは、本人自身が本人自身の自己決定で行う意外にはなく、真の解決は自己解決つまり自力でしか、あり得ないと思います。
    
    ところで、余談ですが、私は前世で新約聖書をギリシャ語から、次のように翻訳しました。
    
    「無からの生命が彼とともに始まったのである」(コロサイ 1・18)
    
    これは、神または生命の本質を、虚無またはスタティックと捉えていたことになります。その意味では、サイエントロジーの下地はあったのです。私は、現世においては、ずっと無神論者で、神秘主義には感心がありましたが、人格神には嫌悪感を抱いていました。
    
    虚無の神という発想は、ヨーロッパでも少数派ですがありました。ヤコブ・ベーメなどです。ベーメの思想は、その後グノーシスなどとも混ざり合い、近代ドイツイデオロギーの土台となりました。
   
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