【ただひたすら書き込むスレ】

409d005e :Anonymous 2009-05-11 00:37
1945年8月6日午前8時15分、広島の街はこの世の地獄と化した。当時、本土決戦に備え
陸軍の第二総軍が広島市に置かれていたが原爆投下により部隊は壊滅的な被害を受けた。
総軍の中枢部が崩壊し諸部隊も全滅に近い状態となり、命令系統不全となる。
かろうじて生き残った者達は救護活動の為、爆心地に向かった。
その中に私の祖父もいた。幸運にも比較的軽傷であった彼は、率先して救護活動に従事し、
負傷者の搬送や救助活動に従事した。
彼は、地獄の中奇跡的に生き延びた1~2歳の女の子を保護する。賢明に家族を捜すが、
見つからない。彼は部隊に連れ帰り皆で面倒をみることにした。
幼く、まだ自分の名前を言うことが出来ない彼女の為に名前を付けることにした。
彼が一番好きな女性名である「ゆきこ」と名付けた。
ゆきこは皆に可愛がられ、部隊の中でマスコット的存在となった。
ある者は焼け跡から少し焦げた鞠を拾ってきたり、またある者は野花で髪飾りを作って
与えたりもした。彼も救護活動を終え、部隊の宿舎に戻ると必ず始めにゆきこのもとへ
行き、自分の食事を分け与えた。ゆきこも彼にすっかり懐いていた。
彼は独身であったが、この地獄から抜け出した際にはゆきこを養子にする決意を固めた頃・・・
ゆきこは発熱、嘔吐、下痢、下血を繰り返した。
部隊の皆も心配し、交代で看病した。3日後、ゆきこは息を引き取った。
連日の救護作業で、涙などとうに尽きたはずであったが、部隊の誰もが涙を流した。
それからしばらくし、戦争は終結した。彼は戦後の残務処理の為、神戸へと異動を命じられた。
その際に事務職として女性職員の面談をした際に祖母と出会う。祖父の一目惚れであった。

それから幾十年、私は自宅で1枚の写真を見つける。
和服姿の綺麗な日本美人が映っていた。若い頃の祖母によく似た女性ではあるが、写真の裏には
「幸子」と記されていた。
祖父に聞いた所、その女性は許嫁であったとのこと。若くして肺炎で他界してしまったこと。
親同士が決めた許嫁であったが、幼なじみで小さい頃から仲が良く、お互い喜んだこと。
広島で保護した女の子を幸子の代わりのように感じていたこと。
祖母に出会った時、幸子が生きていたのかと思う程そっくりで驚いたこと。
そして、それらを祖母には秘密にしているということを話してくれた。

今から60年以上前、実際に起こった出来事。学校で習う教科書では歴史上の一出来事としてしか
記載されていないが、その中に人々の生活があり、青春があり、苦悩があったことを気づかせて
くれた祖父の話でした。
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