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c01b1a81 :Anonymous
2023-02-05 00:33
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>>d7d0d4c6
旧ソ連・東欧の社会主義国家はスターリン主義国家であり、マルクスの構想した社会主義国家ではない。だから、社会主義の実験は終わっておらず、失敗もしていないという主張が未だに存在する。だが、マルクスの構想を忠実に実装しようと奮闘した国家が存在した。それが、旧ユーゴスラビアの自主管理社会主義である。
マルクスの展望した社会主義の要件とは、「労働の開放(生産および労働と産業の民主化)」と「(市場と通貨を介さない)社会的計画生産」と「(自然改造や技術革新による)生産力の飛躍」の三つである。この同時達成は不可能である。
ソ連や(ユーゴ以外の)東欧諸国は、マルクスの“実現不可能な”命題の実装を、行政的な産業編成に基づく企業の国有化と共産党および政府の官僚による統制計画経済(事実上の配給制)で誤魔化して逃げた。
ティトー率いるユーゴスラビアでは、レ・スターリンモデルの社会主義に対抗するために、マルクスの命題に関して、アソシエーションに基づく「労働の開放」を優先した。もちろん、マルクスが展望した労働証書に基づく社会的計画生産は、最初から不可能だった。徴税も通貨(信用貨幣)に基づく賃金も温存されたし、中央計画経済はソ連型の党の独裁化を招くことが不可避である。ゆえに、市場を介した社会主義となった
旧ユーゴスラビアの自主管理社会主義においては、企業(正しくは労働連合組織)は、労働者評議会を通じた職場の代議員(リコール有り)によって統治され、また居住のコミュニティーにおいては、地域の代議員(リコール有り)を選出する(職場の代議員と地域の代議員は頂点の連邦議会で融合)という直接民主制が採用されていた。
自主管理社会主義モデルは、ティトーがスターリンに対抗するために、マルクスの理論に最大限忠実に、①資本≒企業という概念の解体(アソシエーションとしての連合労働)、②労働者による生産(手段)の直接管理、③国有でも私有でもない「社会的所有」概念の導入を行った。これは、完全な社会実験だった。
だが、難攻不落のティトーにおいても、実装不可能なマルクスの命題があった。それが、通貨の廃止(マルクスは「労働証書」を以って通貨と代替させることを構想した)および市場の廃止であった。結局、通貨と市場(これは実質的に「配給制」の旧ソ連・東欧の社会主義国には存在しなかった)は温存された。
ユーゴ(ティトー)流の自主管理社会主義だと、生産(産業)は民主化されるが労働分配が過剰になり、長期の投資が停滞する。生産(産業)における民主主義と効率性や生産性は相反する。生産における民主主義を重視するなら、生産性は諦める必要がある。
高度な生産力と産業(生産)における民主的意志決定は両立しない。なぜなら、経済における民主的意志決定の導入とは非効率そのものだから。そもそも、民主主義とは意志決定における非効率性とコストの許容。経済における民主主義より、生産力を重視するなら、資本主義市場経済の一択しかない。
労働の開放を重視するなら、ユーゴ型の自主管理社会主義になるし、社会的計画生産を重視するならソ連型の官僚統制経済になる。どちらも破綻した。もちろん、生産力と生産性を重視するなら、資本主義市場経済しかない。社会主義では生産力が飛躍するどころか、“墜落”不可避だからだ。
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