Freezone

bae79aa3 : 2017-09-13 22:52
1952年11月7日の講演『ホモ・サピエンスとして、セイタンとしてのカー責任』

”とはいえ、私が自分自身で考えること、私自身の存在に関する哲学と、私が心の基本的な科学として話していることは、図らずもふたつの異なるものです。
それらはふたつの完全に異なるものです。
人が、信条を考えつくと、彼はそれらの信条によつて生きるとあなたは通常考えるでしょうでしょう。
まあ、なんと、それは間違いなく拘束になるでしょう、そうですよね。どのようにして、一体全体そんなことをやっていけるのでしょう?いつでもそれについて話したり、いつでもそれについて書くだけではなく、それによって生きたりもするのです! ダメです。
ランドミティーはありません! すると、あなたは静の状態になります。”

とLRHは述べています。

この発言は後々のLRH自身の行動に完全に反していると思います。例えばKSWを書いて実行させたり、シーオーグという閉鎖的な組織で社会との身体的&精神的隔絶状態を作りだして自分の思想を徹底的に浸透させようとしたり。LRHの方針書にサイエントロジストが完全に従わないといけない状況を本人が作ったのですから。

まぁ私はそういうLRHの矛盾をアレコレ批判したいわけではなく、結局、頭が良くて一般人よりも大きく抜きん出た才能と能力を持つリーダーは自分と同じ思想を持つ人達を従えてコントロールしたり、そういうグループを作ろうとする衝動からは逃れられないんですかね。

そしていくらそのグループがそのリーダーによって強固にまとまっていても、世界には違う文明や国家が存在して、その存在にあらゆる面(経済、資源など)で依存する以上、状況をよりよくコントロールしようとする意欲があるが故に相手との対立や紛争は無くなることはないということでしょうか?

菜園のリーダーであるミスキャベッジが何であのような振る舞いなのかは、そういう法則性が根源的理由なのかなぁとか思ったりします。
Powered by shinGETsu.